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スペースマウス

 21世紀の主役を担おうとするアラブ世界が、自らを認めよと先進各国に挑発的につきつけた「匕首」であると、ドバイの206階建てビル「ブルジュ・ハリファ」を評したのは書籍『ドバイ<超>超高層都市』*1であるが、今から30年以上も前に、250階建てのビルを駆け上るというダイナミックなパソコンゲームが存在した。

 
 ぼくが子どもの頃、初めて買ったI/O誌に掲載されていたのが、芸夢狂人氏によるPC-8001用ゲーム「スペースマウス」である。当時、いわゆる「マイコン」(今で言うパソコン)を持っていなかったぼくは、誌面に掲載された画面写真から、そのゲームの雰囲気を感じ取るしかなかったわけだが、カラフルでチマチマしたキャラクタが散りばめられた画面には、手に触れることができないからこそ湧き起こってくる強烈な魅力があった。ゲームセンターには無いゲーム。250階という巨大なビルを駆け上る驚異のスケール。PCG-8100によって描かれる、ちょっとコミカルなドット絵。そのすべてが、ぼくの若々しい感性にインプリンティングされてしまったのである。
 
 そんな思い出深いスペースマウスが、マインドウェアによって、現代に甦った。ゲームレジェンドで先行販売され、その後は秋葉原BEEP等で店頭販売ということで、地方では手に入れにくいゲームかと思えばさにあらず。STEAMでの販売もあって、簡単に入手することができる。

 
 早速ゲームを起動してみると、ドット絵のチマチマしたキャラクタが、画面狭しと駆け巡る。そのカラフルなタイトル画面を見ただけでわくわくしてくる。オリジナルのPC-8001版では、起動時に簡素なテキストキャラクタの説明画面が表示されるだけだったが、こういう動きのあるタイトル画面はアーケードゲームに近い手法で、ゲーセンゲームに親しんだ世代としては楽しい演出だ。
 
 昔取った杵柄で、キーボードの矢印キーを使ってビルを登っていく。シンプルでわかりやすいゲームシステムであるが、その分敵のスピードや出現する数は容赦ない。ネズミと言うよりは完全に未知のエイリアンである敵がものすごい勢いで画面上方から降り注いでくる。これをかわしながら上へ進むのは、通勤ラッシュでごった返す都心の駅をひとり逆走するかのような無謀な行為だ。しかし、そこはきちんと攻略法が存在している。スペースマウスの動きには法則があり、床に穴が開いていれば必ず降りる。降りた後は、それまで進んでいた方向に再び進み始める。と言った、シンプルなアルゴリズムにもとづいて動いている。わかりやすいルールだが、この約束事があるだけで、ゲームとして攻略が成り立ち、何回でも遊んで、難関を突破してやろうという気にさせてくれるのである。
 
 それでも、床の形がランダムに生成されるこのゲーム、どうしても判断力だけでは突破できない場面に遭遇することがある。そんなときのために、「パワーエサ」が一定の割合で登場するように設定されている。この、いかにもレトロゲーム的なアイテムを取得する(食べる?)ことでプレイヤーは無敵になると同時に、床をぶち抜いて移動することが可能になる。どれだけ窮地に陥っても、それを(比較的簡単に)打開する手段が用意されているから、ランダム要素を含むゲームながらも理不尽なハマりにイライラすることなく遊ぶことができるのだ。(と言いつつ、特定の面では地形の都合で抜けられなくなることも……)
 
 
 さらに、鍵で開く扉や1UPアイテム、オリジナル音楽を作ったWing氏のゲスト出演(?)など、オリジナルのPC-8001版には無かった魅力的なギミックも多数存在する。レトロゲームのアレンジリメイクの多くがそうであるように、このスペースマウスもまた、今の時代に改めて遊び込みたくなる刺激的な要素を盛り込んであるのだ。1プレイの時間も短く、それでいて挑戦的なレベルデザインになっているゲームは、ついつい繰り返して遊んでしまう、危険な魅力に満ちている。それでいて、オリジナルのスペースマウスを愛した人のために、オプションの切り替えで、PC-8001版やMZ-700版も遊べるようにしてあるあたり、レトロゲームファンには嬉しい配慮だ。(しかもPCGバージョンも収録されている念の入れよう。サービス精神旺盛すぎます)
 
 自分の思い入れも含めて、スペースマウスの面白さを書き連ねてしまったが、先日レビューしたクレイジークレイマーや、有名なドンキーコングを初め、80年代初頭のビデオゲームには、こうした高みを征服しようとするスタイルのゲームが散見される。これこそが、その後飛躍的な発展を遂げていくゲーム界の原動力となった挑戦者魂だったのかもしれない……などと、勝手な思いを抱きながら、さらにもう1プレイ遊んでしまうスルメゲーのスペースマウスなのであった。

*1:松葉一清・野呂一幸(2015)『ドバイ<超>超高層都市』鹿島出版会 ※文献中では『ブルジュ・カリファ』と表記