『枯れた技術の水平思考 横井軍平のことば』〜無知は罪、空虚になりゆく賢人の知と、暴虐を是とする英知持たぬ人々の喧騒(横井軍平氏の命日によせて)
「吟味されることのない人生など生きるに値しない」そう説いたのはソクラテスである。
今日、10月4日は横井軍平氏の命日ということで読んでみた。
決定版・ゲームの神様 横井軍平のことば (P-Vine Books)
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横井氏は、一貫して「枯れた技術」を使って売れる商品を作るべきだと主張する。枯れた技術を使うことでコストを下げ、買いやすい製品が開発できるという理屈だ。例えば、かつて大ヒットしたゲーム&ウォッチは、電卓が進化して小型化したことによってポケットサイズのゲーム機が開発でき、携帯ゲーム機の礎となったゲームボーイは、液晶テレビの普及によって液晶パネルのコストが大幅に下がったことから安価な製品が実現できたと横井市は語る。
ゲーム&ウオッチ - Wikipedia
ところで、横井氏の言う「水平思考」というのは、医師でもあり心理学者でもあるエドワード・デボノによって生み出された理論である。
水平思考の世界―電算機時代のための創造的思考法 (1971年) (ブルーバックス)
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ここで登場したエドワード・デボノは、その著作『水平思考の世界』で、「だれでもいったん掘り進めている穴を、途中で捨てようとしたがらないのは、それまでの努力が骨折り損になるのが癪にさわるからである」と述べている。この「癪にさわる」という人間らしい感情こそが既成概念による支配であり、現在ちまたに横行する、安易な続編、売れ筋タイトルを借りたそれまでの実績からしか判断ができない、垂直思考の悪しき習慣から逃れられない製品開発の原因なのかもしれない。
しかし、こうした横井軍平の枯れた技術に目をつける発想も、エドワード・デボノの水平思考も、近代になって現れてきた理論かと言えば、そうでもない気がする。冒頭の言葉「吟味されることのない人生など生きるに値しない」を説いたソクラテスは、哲学者としては何ひとつ書き残しておらず、学派も作らなかった。彼固有の理論もない哲学者だったのだが、一貫して自分に関心のある問題について徹底的に問うこと(問答法)で、ものごとを一側面から判断することをせず、多角的な見方でものごとの心理を追究した。そう、つまり我々が陥りやすい(デボノが言うところの)垂直思考の罠に気づき、それにとらわれることなく多角的な考えを持とうとする者は紀元前から存在し、そのような賢人たちは、常に我々無知なる人々に警告を与え続けていたのである。その警告に気づくことなく、常に垂直思考であたり前のことしか考えられない我々凡人のなんという無知蒙昧。
さて、話は変わるが、世間ではここのところ『枯れた技術』ならぬ、『枯れたゲーム』という言葉に関して一悶着起きているようである。横井軍平の『枯れた技術』が思い浮かんだために、今回はその一連の騒動を興味から追ってみた。
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果たしてこの騒ぎでソクラテスの言う『無知の知』にたどり着けた者はいたのだろうか。無知は罪と言うけれども、横井軍平の言葉も知らず、感情の論だけが先行する様を見ていると、過去の賢人の知は空虚なものと成り果て、我々は救いのない世界に生きているのではないかという絶望感すら漂う。
追記:この極端な反応をする人たちに疑問を呈する意見も多く若干安堵した。
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こんな人たちに、横井軍平の言葉を贈りつつ締めくくろう。
「もう一回子供から初めて、いろんなものに興味を持ちなさい」
横井軍平