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A-JAXの音楽性とは何だったのか

ゲーム アーケードアーカイブス 長文

 エイリアンVSプレデターという映画が好きだ。人気映画のクリーチャをブッキングした、安直な設定のB級映画だが、遺跡の奥底で待ち構える未知の生物というシチュエーションにわくわくしてしまう。いや、もっと言えば地下に遺跡が眠っている(それも南極大陸の地下!)、それだけでロマンを感じるのだ。

 
 そう、ぼくがA-JAXの虜になったのも、凶悪な強さを誇る6面ボスが、地下遺跡の底から浮上する姿を見たからなのかもしれない。

 
 A-JAXは、地球侵略を企てるエイリアンとの熾烈な戦いを描いたシューティングゲームである。縦スクロールのシンプルなゲームシステムながら、そのビジュアルには、バックストーリーを存分に感じさせる演出が施されている。
 ギラリと光るミニマルデザインの敵侵略兵器。その敵に混じって、地球人の兵器も侵略の尖兵として次々に送り込まれてくる。おそらくこの未来の世界では、地球の大部分は侵略者の手に落ち、我々の文明は無残に蹂躙されていることだろう。そして、ステージの最後には、ボスが待ち構えている。そのボスの何体かは、太古の遺跡をから浮上する異形のボスたち。同胞を相手にしなければならない悲惨な戦闘が繰り広げられるハードなSF設定の世界がA-JAXの画面の中には描かれている。
 しかし、それでもなおA-JAXは、侵略者に対する最後の反撃を試みる人類の、最後の希望を感じさせるゲームとして仕上がっている。それを演出するのが、勇壮かつ煌びやかなゲーム音楽の数々である。実は、このレビューで言いたいところはそこである。
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 80年代から90年代の、特にFM音源を採用してからのコナミのアーケードゲームは、その洗練された音楽性で人気を博したわけだが、個人的には、サンダークロス、トライゴン、フラックアタックに、このA-JAXを加えた4タイトルが、「ゲームに若干難ありながら、音楽が抜群にいい」ために、なかなか憎めないコナミゲームという立ち位置ではないかと思っている。
 サンダークロスサントラCDのライナーノーツにおいて山下章氏が、「プログレッシブ・ロックにクラシックを掛け合わせた様式美の世界」とコナミのゲームミュージックを表現していたが、これが何のことを指しているのか未だもってわからず、個人的にはまったく的外れな批評だと思っている。だいたい、プログレにクラシックって言ったら、NEW TROLLSとか、CURVED AIRとか出てきちゃうんじゃないのか。
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 それでも例えば、矩形波倶楽部のアルバムとKENSO辺りを持ってきて並べれば、無理矢理似ている論を展開することはできるだろうか。
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 と、話がそれたが、とにかく既存の単純なカテゴライズではくくれない、当時としてはまったく新しい音楽がコナミのゲーム音楽だったわけだ。ゲームの場面を盛り上げる、いわば劇伴のような役目を持ちながら映画音楽とも違う、矩形波倶楽部の得意とするフュージョンのような爽やかさを持ちながら、楽器の構成や奏法からしてフュージョンにも聞こえない、そういう音楽だったのである。強いて言うならば、それは、まさに「ゲームミュージック」という他ない、独自のジャンルであったということに他ならない。
 
 FM音源にPCM音源を加えて表現力を拡張してきた独自の技術的発展。スクロールする画面の果てに現れる強力なボスとの一騎打ちという、(シューティング)ゲームならではのスピーディで劇的な展開を盛り上げるために作られた音楽。メモリやその他のハード/ソフト的な制約から、短時間で繰り返される印象的なフレーズ。こうした特殊な条件に縛られながらも飛躍的に発展してきた音楽がゲームミュージックであり、それは、アーケードゲームのハード設計や、ゲームシステムの基本スタイルと二人三脚で進化を続けてきたのである。
 A-JAXの音楽を聞いていると、ゲームミュージック先駆者たるコナミの勢いと、80年代における目覚ましいゲーム文化の発展とともに進化を続けてきたゲームミュージックの輝かしい軌跡を強く感じずにはいられない。後付けでプログレだ、フュージョンだと既存のカテゴリを当てはめようとしても、まったく相容れない純然たるゲームミュージック、その誇り高きサウンドがそこにはある。
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 アーケードアーカイブスで配信される古いゲームだと思ってあなどると、過去の遺跡からは思わぬ伏兵が飛び出てくるようで油断ならない。A-JAXはそんな楽しさを秘めた作品である。